名水ツアー 第2回 【森の番人:三重県宮川村】
第2回名水ツアーが、三重県大阪事務所 のご好意とお力添えもあり、 2003年の秋、11月2日(土曜日)三重県宮川村「森の番人」 源水と工場を訪ねました。 この日は、非常に寒かったですが水をめぐる旅を満喫しました。
協力:三重県大阪事務所、宮川村、「森の番人」工場
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| オーナーは、留守番でお見送り。 | 忍者が現れた!! | 森の番人工場到着! |
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| 工場長よりご説明 | 工場の様子 | 工場の様子2 |
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| 名水の原水 | フジテレビ同行取材風景 | 寒い中ざるそば最高! |
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| めちゃくちゃおいしかった! | 宮川の風景 | わさび田こんなにきれいなとこで育ってる |
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| 日本一のわさび成長がダントツに早い! | わさび田オーナー西さん | みんなで記念撮影 |
Pick Up!
会員の中島先生の文章を載せさせてもらいます。
「名水「森の番人」のふるさと・三重県宮川村を訪ねて」 水来会員No.410 中島勝利
今回のツアーの集合場所は「水来」で午前八時です。皆さん、三々五々に集まって来られました。第一回の洞戸村「高賀の森水」のツアーにも参加した方の顔も見えます。私と同じ連続参加で親感を覚えます。今回は仕事の都合で板屋社長は留守番で、引率の責任に当たるスタッフの藤井さん、木村さんは緊張模様です。その留守役の社長が会員の皆さんに、緑茶を配っています。
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あちらこちらで「おはようございます」の声が増えてきました。予定の時間の八時になり、木村さんがバスの中で点呼を始めました。その後、留守を預かる社長からの挨拶と、今日同行する二名のフジテレビ側の紹介がありました。朝の番組「特ダネ」で「水」を取り上げるとのこと、その取材のための同行であり、「画面に写って困る人は手を挙げてください」という尋ねる部分もあり、少しばかり笑いがありました。
バスは八時七分、「水来」の店の前を出発しました。添乗員は前回の時と同様、名阪旅行の鎌田さんで機敏に仕事をしてくださり、とても助かります。昨日は雨が降り、天気が心配されましたが少々寒いだけで雨の心配はいらないでしょう。目的地は三重県大台ヶ原の裾野に広がる宮川村・水工場「森の番人」です。
大阪事務所の辻さん、盆野さんも参加しており、お二人から宮川村についての紹介の後、「宮川物語」のビデオが放送されました。「人口四千人で緑と清流のふるさとであり、川は村人の姿を今まで見てきている。川の流れはたやすことはなく、命の源を与え続けている」このようなナレーションが流れ、私は自然の美しさの虜になり、食い入るように見ていました。先程、盆野さんから三重県で「水の一句」を募集しているとお話がありました。私はいただいた三重県のパンフレットと今のビデオを鑑賞して、まだ宮川村に到着していないのに、一句詠んでみました。
ーーー冬近し川面に映える紅葉かなーーー
一句完成した喜びよりも、それを生み出す過程がとても楽しいものです。放映されたビデオの内容を振り返り、何度も何度もパンフレットを見つめます。少しずつ自分が満足出きる域に達していきます。そして一句完成することは、自分の子どもを社会に送り出す感じがします。このようなことを考えて空想の世界に落ち込んでいると、名阪伊賀上野ドライブインに着きました。九時十五分着。トイレ休憩です。
突然、忍者姿に扮装した男女二名がバスに乗り込んで来ました。伊賀上野のパンフレットと「かた焼」を配り始めました。その「かた焼」は昔、忍者の非常食であったと説明がありました。字のごとく、大変かたく歯では割れるものではありません。かた焼同志をぶつけると食べやすい手ごろな大きさに割れるというアドバイスもありました。私達を楽しませてくれた忍者に見送られ、伊賀上野を後にしました。少し日が差し込むことはありますが、やや曇り空です。山間に入り肌寒くなってきました。
「先程配ったかた焼の裏に、一名だけ黄色のシールが貼ってあります。その人は当りで賞品があります」ーーー女性の会員の方に「忍者せんべい」が当たりました。三重県・大阪事務所の辻さん、盆野さんが車中で私達が退屈しないように、特に三重県についての説明や「かた焼ゲーム」など、気配りをしていろいろと企画してくださいます。関心いっぱい、魅力いっぱいの進行方法で感謝でいっぱいです。木村さんの司会で自己紹介が始まりました。今回初めて参加した人、前回も参加した人が一つに融けて和気あいあいになっていくことでしょう。十時二十分嬉野パーキングに着きました。トイレ休憩です。
十一時過ぎ、「宮川」の掲示板が見えました。日本で一番水が美しいと言われている宮川がもうすぐ手の届く所まで来ました。心が踊ります。わさび園を経営しているお爺さんにもお会いできることが楽しみです。この方はお話がとても長いとも聞いています。わさびにまつわるどのような話をしてくださるのでしょうか。わさびは純粋で透明な水の所に育ち「わさび園がある所に名水あり」と言われています。「森の番人」との出会いも楽しみです。
バスは狭い道を通り抜け、宮川村に入りました。沿道にはもみじの木が見られ、一部紅葉が始まっています。後一週間ぐらいで紅葉になり、その美しさが満点の輝きになるでしょう。この地域の降水量は年間四千五百ミリで大阪の三倍で、雨は八月に集中するということです。宮川村に入っていますが信号が見当りません。三重県で一番大きな村であるのにもかかわらず、信号が一つしかない不思議な村です。村で唯一の信号を左折して、前方の宮川にかかる橋を渡りました。そして、右折して宮川に沿ってバスは一段と細くなり、カーブが多くなった道を進んでいきました。もちろん安全運転であり、また車窓に広がる河原を見ていると、まさに「秘境の旅」になってきました。心がはずみ、うきうきするのを覚えます。宮川が眼下に見え、紺碧色の美しさを表現しています。十一時三十分「森の番人」工場に到着しました。
大台ヶ原「森の番人」のキャラクター「森作じいさん」が迎えてくれました。バスを降りると莫大に大きな「森作じいさん」の看板が目に入りました。両手を広げ私達に「ようこそ、宮川へ」と言っています。「森の番人」のパンフレットの中に、「森作じいさん」のことばが載っていますので、ここに引用します。ー「わしが生まれ育ったこの宮川村は、三重県の中頃にあって、大自然豊かな大台ヶ原山系のどまん中にあるんや。わしはこの村が大好きや。わしも、この村の人も、自然の一員なんやから、この大自然を守ってかなあかんと思っとる」
ー工場見学後、1.ラインは一本で一時間に六百本製造している。2.百メートル先の滝の上が取水地で、約八百メートルのパイプでわき水を取っている。3.民家はなく汚染の心配はない。4.加熱殺菌はしているなどと、工場長から極細やかに説明がありました。宮川村から準備されたワゴン車に分乗して取水地の見学に向かいました。滝は「不動滝」と言われその滝の上からパイプを引いて取水しており、私達は木橋崩落のためそこまで足を伸ばすことができませんでした。滝の上は雑木林であり、会員の方が滝から流れる水を紙コップで受け、口に含む姿が見られました。気温は下がっている様子で肩をすくめている人もおりました。滝をバックにテレビ局からインタビューを受けている女性の姿も見られました。
また、ワゴン車に分乗して昼食の場所に移動しました。大変道幅が狭くバスでは移動できません。この村の青年達が笑顔で私達を案内してくれます。私達の車には、運転をしている青年を含めて七人乗っていました。車中、1.トイレ完備の所でキャンプをすべきである。2.ゴミ箱は設置せず各自が持って帰る。3.ダムは作らない。ダムはすべてを破壊する。など環境問題について語り合いました。短時間の有意義な一時でした。宮川の流れは音静かにして、私達に語らいを求めているようです。水は美しく透明で底まで描写することができます。私はその流れの中に何度か吸い込まれていきそうになりました。途中、集落があり車で鮮魚・野菜などを売りに来ている行商人に会いました。その光景を見て風情を感じました。
宮川に沿って走り、不動滝から約二十分で昼食の場所・ほたるの里公園に着きました。現在十二時五十分で、「水来」旅行日程表には十三時になっており、誤差十分です。下見の成果であり綿密な計画にご苦労様です。でも、この場所は一段と寒いです。地域の若奥様達が昼食の準備をしてくださっています。「ほたるの里」、つまり六月中旬、ホタルウォッチングをする桟敷が、宮川の流れの上にセットされています。その桟敷で食事です。
地元の方が用意された心温まる食事ですが、箸を持つ手は震えていました。十一月に入り、川より吹き上げてくる風が身体にとてもしみました。元気のよい若奥様達の働きぶりを見て、一時その寒さも忘れました。地元産手打ちそばを地元産わさびで食べました。偶然、昼食をご一緒することになったわさび園の主人が、わさびは「の」の字を書くようにすりおろすと、おいしく食べられると説明してくれました。マコモ(真菰)という野菜にも対面しました。宮川村で栽培しており、生で食べてもよし、炒めて食べてもよし、煮てもよしで昼食にいただきましたが、あっさりした味でおいしかったです。お土産に持って帰りました。
前述のわさび園の主人の先導でわさび園の見学にでかけました。主人の名前は西幸二さんで戦後はシベリアにも抑留された苦労人だと聞きました。丸太りしたジャンボわさびを見せていただきました。五十年間わさび作りをしており、地方からも西さんの技術を習いに来る人がいるそうで、わさびに関しては達人です。わさび畑は軟水十三度で、わき水が命であるなど説明をしてくださいました。お話・説明も好きでこのことに関しても達人でした。わさび一本買えば、二本サービスしてくれるという気前のよい主人でした。
宮川村の若者が運転するワゴン車で、「森の番人」の工場前に戻ってきました。全員で記念写真を撮り、宮川村を後にしました。そして、次の訪問地「奥伊勢フォレストピア」に向かいました。宮川村長が出迎えてくれました。村長によると、ここは九六%森林であり、宮川は伊勢湾に注いいるとのこと。また、自然と共生する村作りを推進していることなど、また平成九年には温泉が湧き出たとのこと、興味深い話をたくさん聞きました。その温泉につかり、都会の喧騒を忘れ季節の流れを感じリラックスしたいと考えていた私ですが、昨日は三十八度近くの熱を出し伏せていました。幸い朝方平熱に戻り、この企画に参加することができました。楽しみにしていた温泉はあきらめ、パンフレットを見て湯につかった気分にしたっています。
今、五時を過ぎています。帰路についています。森のたたずまいともお別れです。おいしい空気をいっぱい吸わせていただきありがとうございました。自然破壊が訴えられている昨今です。それを破壊するのは我々人間です。また、保護するのも我々人間の使命です。近代化・現代化の名のもとに大きなビルが立ち並び、子ぶななつかしいふるさとが消えていきます。残念なことです。日本一、美しい川の流れである宮川はいつまでも、いつまでも今の宮川の流れであって欲しいと念じます。
特に車中で私達が退屈しないように、いろいろと企画してくださった三重県大阪事務所の辻さん、盆野さんにお礼申しあげます。また「水来」のスタッフである藤井さん、木村さんの気配りにもお礼申しあげます。車中ではたくさんのクイズをして楽しみました。その中で、特に印象に残ったものを一つ紹介して、このレポートを終わることにしましょう。→「水来]のスタッフの藤井さん、木村さん、添乗員の鎌田さん、そして運転手の池亀さんの四人の年令をたすと何歳になるでしょうか」←この質問に笑いが起こりました。正解は二百九歳で、それぞれの年齢は教えていただけませんでした。残念ですね。一番近い正解は二百八歳で女性の方でした。私は女性の年齢(藤井さん、木村さん)も入っているので、若い若い数字が良いと判断して、百五十歳にしました。司会者から「一番若く書いた人は百五十歳でした」という報告もあり、その人はもちろん私でした。
もう、太陽は沈み八時を過ぎています。バスはウォーターショップ「水来」に向かっています。そこには留守を預かっている板屋社長が待っています。それぞれ満足な顔をしてバスを降りることができるでしょう。今、藤井さんから「フジテレビで十一月六日(水)放送の『特ダネ』という番組で九時二十分頃、今日の様子が放送される予定です」と連絡がありました。今、小旅行は終わろうとしています。ウォーターショップ「水来」の今後の発展を祈っています。この企画が今後も続き、「輪」が広がっていくことを願っています。(完)





















